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フィンチャー近作レビュー寄せ集め

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『マインドハンター』について書いたので、ついでに過去に書いたフィンチャー作品のレビューをまとめてみた。
『ゾディアック』以降全然評価してないというか、すれ違ってきていて、それがなぜなのかも何となく分かって、『ゴーン・ガール』『マインドハンター』でようやくフィットしてきた感じか。『ゾディアック』またちゃんと観たい。
全部押さえていると思ってたら『ベンジャミン・バトン』は観てなかった。

 

①ゾディアック

レイトショー。何だか煙に包まれたような心地で帰ってきた。
出すもの出すもの世にセンセーショナルな話題を振りまいてきたデヴィッド・フィンチャーが、意外にも今回は真っ当なドラマで勝負してきたことへの驚き、それでなお観客に重たいインパクトを残す彼の作家性の健在っぷりゆえか。

60~70年代にアメリカ全土を震撼させた劇場型犯罪の先駆け、あの『ダーティ・ハリー』のネタ元にもなった迷宮入り事件を取り上げたと聞いては、「またフィンチャーがやったったか!」と思ってしまうのも無理はないし、実際スキャンダラスなシーンを目的に映画館に足を運んだ人もいたと思う。

ただ、フィンチャーが『セブン』でやり尽くしたことを単純に繰り返すわけがなく、『ゾディアック』は連続殺人事件の謎を追ったがために、人生を大きく狂わされる男達にフォーカスを当ててきた。シリアル・キラーの狂気なんかより、ずっと身近で親愛なる狂気に。
構造上、サスペンス/スリラーにありがちな興味を早々に失うので、「男って、いつまで経ってもこうなるよなあ」と事件の謎に取り憑かれ、袋小路に迷い込む男子を眺めるしかない。

 

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ソーシャル・ネットワーク

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SNSは、人の心の隙間を埋めたのか、広げたのか。功罪は自分にもまだ分からない。

フェイスブックの誕生秘話を描いたとされる本作。通常の映画の何倍もの情報量を込め、現代そのものを表象しようとした脚本のアーロン・ソーキンと、『ゾディアック』以降の、ギミックを廃し、全く隙の無い構図でフレーミングするフィンチャーの手腕がこれでもかと示された、とても力強いプレゼンテーションだった。

真偽の程は怪しいが、この話の面白いところは、現実でほとほとまともなコミュニケーションを築けない男が、気付けば5億人を超える、世界最大のユーザー数を誇るSNSを構築してしまったところにある。
しかしながら、映画を観ていても彼の頭の中は一向に読めないし、この映画のザッカーバーグはどう見ても友達がいなくても問題無く生きていける類の男である。弱さや繊細さを見せつける奴ではないのだ。(なのにそういう風にけしかける演出を施しているのはちょっと気になるところでもある)
ザッカーバーグが寝食を忘れコードを打ち込み築き上げたネット上の「帝国」は、本当に自分をフった女を見返してやりたいとか、ハーバードのクラブに入っているファッキンエリート野郎の鼻を明かすためなんだろうか……。まるで、モテたい一心でバンドを組む少年と同じような無邪気さで以てフェイスブックを立ち上げたのだろうか。映画を観たザッカーバーグの、「ハリウッドは、シリコンバレーの連中が、それをただ作りたいから作った、ということを理解していない」というこの発言が、結局のところすべてじゃないのか。

ザッカーバーグを突き動かしたのは「このサイトを創ることをできるのは自分しかいない」という、創造への執着心と使命感だ。彼には「見えて」、友人のエドゥアルドには見えなかったのだ。だから、「孤独」になることを選んだ。
彼や彼の周囲で起こる出来事は、明確なヴィジョンとそれを具現化する技術を併せ持つ天才の「業」そのもので、この映画は「古典的」とすら言ってもいいテーマを現代に翻案し、延々と描いているに過ぎない。

ラストは、これまでのフィンチャー作品と同様に強烈だ。
僕らがパソコンの画面と向き合っているとついついやってしまう、あの動きこそ、ソーシャル・ネットワークという発明を象徴するものだし、この10年を規定するコミュニケーションそのものだった。

 

ドラゴン・タトゥーの女

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フィンチャーの「巧としての上手さ」は言うまでもないし、寒々とした北欧スウェーデンの雰囲気バリバリの画作りも素晴らしかったんだけど……といういつもの感想に陥ってしまう。

あっさり味に作られてるから、うわぁどぎついわあと思えることまであっさりなことに感じてしまうのだ。
唯一あっさり看過できなかったことは、やはりあのモザイク! 逆にあれを超えるギミックは存在しなかった(笑)。

リスベットを演じたルーニー・マーラは、近寄りがたい真のパンクでありサイコでありながら、女を忘れてないという複雑な役柄を熱演。
スレンダーな体してるんだけど妙にエロティック。スウェーデン版でリスベットを演じ、『プロメテウス』に出るなど出世したノオミ・ラパスと全然違うらしくて「女ウケ狙ったキャスティングだ」と言ってる人もいたけども。


「名家に隠された闇(病み)」という、ちょっと古臭さを感じるモチーフで、なぜにここまで原作が世界的にヒットしたのか個人的に理解できないし、『セブン』というサイコ・スリラーの傑作を撮った監督が挑む題材としてどうなんだろと思った次第。
まあ、事件に取り憑かれ、引き返せなくなってしまう男という点において、『ゾディアック』と共通してるのかな。

 ゴーン・ガール

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ゴーン・ガールは2014年ベストにしたぐらい最高だった! なのに書いてない!
最も身近な恐怖=妻という題材に震えたのかも。

うだつの上がらないベンアフに、ひたすらしたたかなロザムンド・パイク、スピーディな編集やトレント・レズナーの匠の域に達したスコアなど、素晴らしいポイントはいくらでもあるが、何より恐ろしかったのは映画がいつまでも終わらないこと。つまり地獄がいつまでも続くのではと思わせたことだ。