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新型コロナウイルスによって繰り返される、先行き不透明な自粛の春

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3.11以降、本当に色々なことを学んだ。
それは、世の中がどうやって成り立っているかを学ぶに等しいものだった。

ツイートを振り返ると、買い占めと自粛ムードに心底腹を立てていた。
デマに騙されて皆がミネラルウォーターを買い占める姿は本当にムカついたし、イベントや祭りを物理的要因なしに中止にして、一体誰のための自粛なんだって思った。花見を自粛しろなんていう石原慎太郎の発言には「じゃあ桜が咲くのも自粛させるか?」と憤った。
やがて自粛なんてものは誰のためにもならないことが国民感情として浸透し、被災者以外がかつての消費活動を取り戻すことが復興の一助になると信じて行動するようになった。


そうした真っ当な怒りがこみ上げた一方で、これこそ不謹慎としか言いようのないことだけど、非日常の魔性に取り込まれていた自分がいたことを認めざるを得ない。
仕事への影響が次第に分かり、緊急地震速報とともにテレビをつけて「あー揺れてきた」とビルと一緒にグラグラ揺らされ、テレビをつけてもACのCMばかりで、子宮頚がんの仁科母子のとばっちりに同情し、暗い闇に包まれた街を歩いて、来ない電車を待って、ディズニーランドが電力不足でいつまで経っても開園せず、飲み屋街を歩けば、キャバクラの客引きが一様に「助けてください」って懇願したあの非日常の中で、どこかSF映画やマンガの世界に迷い込んだかのように高揚している自分がいることを否定できなかった。
4月も半ばに差し掛かると、そんな気分も落ち着き、今度は激しい無力感に苛まれた。

これは、2011年に自分が以前のブログに残していた記録の一部だ。
改めて読み返して、当時の複雑な感情を赤裸々に綴っているなと思う。
状況はやや異なるけれど、9年後にしてまたも誰も想像できなかったシナリオを前に同じような思いに駆られてこれを書いている。

 

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新型コロナウイルスの影響は、ここで書き表せる範疇を超えている。まさに、世界がどうやって成り立っていたのかを9年ぶりに思い知らされている。

3.11と違うのは、文字通り全世界へ自粛の影響が出ていること。

中国の一部地域のことだと思っていたら、クルーズ船の中のことだと思っていたら(名前思い出せますか?「ダイヤモンド・プリンセス」です。崎陽軒の差し入れたお弁当がみんなダメになったんですよ)、アジアのことだと思っていたら――ここにきてアメリカやヨーロッパに感染が一気に拡大し、逆に収束しつつある中国がドヤ顔し始めた。トランプの発言の温度が日に日に上がっていく。対岸の火事は軽々と国境を越えた。

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3.11では、その、起きてしまったことのあまりの深刻さに、イベントや花見は自粛しなければならない、となった。それは心情的には正しくとも論理的ではなく、被災しなかった者はイベントで経済を回し、花見は東北のお酒を買って応援しようと気持ちを切り換えることができた。
だが今回は、自粛をしなければ人(客)に感染させてしまうかもしれない、という責任がついて回る。そして、その責任を専門家も政治家も取らない。つまり主催者に丸投げにされたままだ。

3.11と同様、新型コロナウイルスの流行もまた、ウイルスそのものの脅威による「天災」と、封じ込め対策の失敗、その社会的経済的影響含めた「人災」があり、それらが渾然一体となってカオスを生んでいる。
いつ終わるとも知れない見えないものへの恐怖と影響の不透明さにおいて、原発事故の時と同じである。でも、放射能への恐怖は、長期的で非現実的なものもあった。片やウイルスへの恐怖は短期的かつ現実的なものだ(さほど強くないと言えるが)。

エンタテインメントやスポーツの世界でいえば、コーチェラやULTRAといった巨大フェスが中止または延期となり、チャンピオンズリーグをはじめ、各国のスポーツイベントが軒並み無観客で開催または延期に追い込まれている。楽しみにしていた『007』等の公開も秋に延期となった。大作を失った映画館は『ミッドサマー』のロングランが続いている……。
 

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一方の爆勝ち組は、家で楽しめるNetflixやAmazonPrime。ただ、彼らのオリジナルコンテンツの撮影も中止となり、いずれその影響は訪れるとのこと。個人的にもちょうど『ベター・コール・ソウル』『ナルコス』『サクセッション』『ウォッチメン』と、映画に比べ観たいものが多過ぎる状態なのでちょうど良い……。

映画業界では、これを機に映画館をすっ飛ばし、一気に新作を配信しようという動きになっているらしい。配信だと一席ごとに料金が取れないので高めの設定。
いつか訪れるとされていたカタストロフィが、コロナによってもたらされることになりそうだ。

『パラサイト 半地下の家族』――オスカーを制したブラック“階段”コメディ

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ポン・ジュノ監督『パラサイト 半地下の家族』がアカデミー作品賞・監督賞・脚本賞・国際長編映画賞と主要部門を受賞する快挙を成し遂げた。
アメリカで異例のヒットを記録しているとは聞いていたが、まさか作品賞を獲るとは。
これがさらに凄いのは、パルムドールとアカデミー作品賞を同時受賞したのは1945年のビリー・ワイルダー『失われた週末』、1955年の『マーティ』以来。『マーティ』は全然知らないし、まあアカデミー賞が寄せてきた結果ではあるので、今後もこういった快挙が起こり得ると思う。

 


驚きだったのはその明快さ。
ポン・ジュノの作品をすべて観ているわけではないが、たとえば『殺人の追憶』や『母なる証明』は常に真実が霞み、不穏なものをゴロっと残したまま物語の幕を閉じていた。
だが『パラサイト』は、半地下の家族のイントロダクションから、彼らが見事な連携で金持ちの家に寄生するまで、そして家の秘密が明らかになると同時に噴出するジェットコースター的スリルに至るまで、丁寧過ぎるくらいの脚本や演出、流麗なカメラワークと編集によってすべて語り尽くしてくれる。こちらは何も考えずにこのブラックコメディに浸ればいいだけだ。

ただ、テーマである格差は、どう取り繕っても拭えない「臭い」という、観客にとっての不親切さで以て語られることになる。

f:id:jamila-x:20200211174847j:plain(金持ちの奥さん役を演じたチョ・ヨジョン、めっちゃ美人)

『パラサイト』がパルムドールやオスカーを獲ることができたのは、ケン・ローチや是枝、そして『ジョーカー』と同じくグローバルな社会問題である格差を描いたからだといわれている。
万引き家族』は、生きていくためになりふり構わぬ家族を描いた。『ジョーカー』はきつい階段を上るよりも、軽やかに下る(=悪)ことを描いた。
『パラサイト』は、半地下というソウル特有の貧困層を描き、黒澤明『天国と地獄』を参考に金持ちの家を丘の上に配置、さらにその地下の階段に壮絶なシチュエーションをつくった。この世の中には、さらに可視化されていない貧困があるかもしれないと思わせた。ポン・ジュノを象徴する大雨は上から下へ流れ、すべて半地下に流れ込む徹底ぶりだ。

ただ、最近厄介に思うのは、本当の金持ち(特に金持ちの子)は概して良い奴だったりするということ。
教育や礼儀も行き届いてるし、反抗心も無く素直。お金の無いふりもできる。
(それでも悪気無く出てしまったのが、「臭い」という生理的なものなんだと思うが)
格差問題を強調したい人にとっては厄介なことに、本当に「富はシワを伸ばすアイロン」なのかもしれない。
要は金持ちが一概に悪いのではなく、格差を生む構造に目を向けろということか。
ただ、金持ちが給与制度を変えればすぐに世の中変わる気もするからなあ。。

 

殺人の追憶(字幕版)

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  • 発売日: 2014/06/07
  • メディア: Prime Video
 
母なる証明(字幕版)

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  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 
ジョーカー(字幕版)

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  • 発売日: 2019/12/06
  • メディア: Prime Video
 
天国と地獄

天国と地獄

  • 発売日: 2015/04/22
  • メディア: Prime Video
 

 

これは別件だけど、ポン・ジュノはイケメン俳優をいじるのが好き。
このエピソードもめっちゃおもろいし、的確。
授賞式でも彼のコメント力が冴えわたっていたが、成功の秘訣はこういった部分にもあるんだろうと思う。

『コンテイジョン』――パンデミックは絶え間なく進化する

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コロナウイルスの流行で、スティーヴン・ソダーバーグコンテイジョン』が再び脚光を浴びている。ネットフリックス等で軒並みランクアップしているらしい。

 

コンテイジョン』は未知の伝染病のパンデミックの発生から終焉間際までをグローバルに、冷徹に描き切った作品で、ここにありとあらゆるシミュレーションがあるといっていい(連日報道されているクルーズ船のようなレアケースは別として……)。
ちなみにパンデミックもので記憶に残っているのが95年の『アウトブレイク』だが、エボラを下敷きにしているだけに見た目の恐ろしさと陰謀およびアクションに特化した作品だった(めっちゃ好き)。


また、『コンテイジョン』は『トラフィック』『オーシャンズ11』のソダーバーグならではだが、マット・デイモングウィネス・パルトロウマリオン・コティヤールローレンス・フィッシュバーンケイト・ウィンスレットブライアン・クランストンジュード・ロウ~と、超豪華キャストを惜しみなく使いこなした傑作群像劇でもある。


自分が初めて観たのは2015年のエボラ騒ぎの時だが、本作はコロナウイルスの騒動を予見して撮られたわけではない。着想のきっかけは2003年のSARSの流行だろう。ただ、2020年においてデマの恐怖のパンデミックは繰り返し、SNSにより悪化しているともいえる。

ソダーバーグらしいカット割りの早さはパンデミックの爆発を思わせ、カメラは執拗に感染やウイルスの付着を「可視化」させる。コロナウイルスに限らず冬に観たら吐きそうになる描写だ。

超豪華なアンサンブルキャストは与えられた役割を全うする。感染ルートを封鎖し、その根をそれこそ命がけで探る者。CDCでワクチンを作る者、その指揮を執る者。我が子を必死で感染から守る者。故郷を守るために要人を誘拐してワクチン投与の優位に立とうとする者。そしてデマを流して一部の信者を囲い込み、株価まで操作する者――。
その役割と仕事の徹底ぶりと、時折みせる逸脱双方に救い(と地獄)がある。
ローレンス・フィッシュバーンの甘さとか、秀逸な(元レッチリ)クリフ・マルティネスのスコア以外で唯一流れるU2「All I Want Is You」とか。

 

 

 

コンテイジョン (字幕版)

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  • 発売日: 2013/11/26
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アウトブレイク (字幕版)

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  • 発売日: 2013/11/26
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『スリー・ビルボード』――一筋縄ではいかない、だから人は面白い

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だいぶ前に観たことになるけど、スリー・ビルボードは2018年屈指の作品だった。
過去形で語ってしまっても大丈夫だと思う。『シェイプ・オブ・ウォーター』を観ていないので説得力無いが、作品賞を逃したのも不思議でならなかった(脚本賞『ゲット・アウト』だったので仕方ないか)。


物語の設定自体はシンプルだ。
娘をレイプされ殺された母ミルドレッドは、通行量の少ない道路にあった3枚の看板に意見広告を出し、警察の怠慢を糾弾する。看板の出現によって、その内容によって小さな町は揺れる。
糾弾された警察署長ウィロビーは死期が近く、彼を敬愛する警察官ディクソンは怒りに燃え、西部劇のような対立構造が生まれる。

ここまでは分かりやすいのだが、ここからの展開が素晴らしい。
人は面白い。一筋縄ではいかない。だからこそ信用できる。
登場人物の一面的な評価をこの映画は許さないし、それがすぐに、そしてあっさりと行き詰まりそうなこの映画を転がしている。海外ドラマを見るようになって、映画に感じていた物足りなさを埋めてくれる脚本だった。

ミルドレッドとディクソンは看板の在り方をめぐり激しく憎しみ合う。
観客は、憎しみ合う二人を観てどっちつかずな思いにさせられる。周囲の登場人物も少なからぬ被害に巻き込まれる。ミルドレッドの悲しみは理解できても行動は過激過ぎてついていけず、周囲から孤立していく(マイノリティーだけは心を寄せる、という設定はやりすぎ感あり)。ディクソンは差別的で無知で暴力的なホワイト・トラッシュだが、上司を尊敬し、警察官としての本懐を遂げようとする。

ただ、急転直下、二人は憎しみ合うことで少しだけ互いを理解する。
それは、分断し続ける世界へのちょっとした処方箋というと大袈裟だし、「共通の敵」を見出しただけともいえる。


今、坂元裕二の傑作それでも、生きてゆくを見ている。少年に妹を殺された被害者家族と、少年の妹の加害者家族が心を通わせる様が描かれるが、構造的に似ていると感じてビンジウォッチしている。
 

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『15時17分、パリ行き』――高性能な本人出演再現ドラマの意図

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先月頭に友人と観たが、イーストウッド翁が、どんな境地でこれを撮ってるのか分からないほど不思議な映画だった。

高性能な「本人出演再現ドラマ」を目指した実験であり、アメリカ人の呑気なヨーロッパ旅行ムービーであり、英語は地球語?であり、前二作より純粋なヒーローを描いた物語でもあり……。

飽きずに見られたのはイーストウッド組の的確な編集、カット割、時折出てくる美女のおかげか。「導かれるままに」的なセリフだけが脚色っぽく蛇足に感じるほど。
つまり、子供時代からの彼らの歩んできたすべてが、彼らをあの列車に乗せ、テロを防いだのだ、これは必然なのだ、という語り口。イーストウッドはそこにドラマを見出し膨らませたんだろうと。


彼ら3人があの列車に乗らなければ、テロで多くの人の命が失われた。
それが分かりやすく伝わる作りだっただけに、やっぱり「導かれるままに」は不要なセリフだったと思う。

  

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自撮りしてる彼らを見て、「あれ、これ何の映画だっけ?」と思うことしばしば(笑)。 

 

 

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トム・ハンクス主演で同じく実話を基にした前作ハドソン川の奇跡を観ていた友人は、イーストウッドが『パリ』に行き着いたのは自然なことだったと言っていた。

 


ということで見てみたが、これがまさに『アメリカン・スナイパー』と『パリ行き』を繋ぐ、後ろ脚が出てきたおたまじゃくしのごときつくりで、僕らは80超えたイーストウッドの進化を目の当たりにしているのがよく分かったのだった。

「アンビリバボー」な英雄的行為をリアリスティックに描いた事故のシーン(当事者本人も多く出ている)、疑惑の払拭という事実ではあるがややフィクショナブルな演出。『パリ行き』は『ハドソン川』よりシンプルに、リアルに、そして必然的に実験的になっていった。


改めて最近の作品を確認すると、イーストウッドは本人が最後に主演したグラン・トリノ以降実話物しか撮ってない。
歳というのもあるんだろうけど、イーストウッド本人が自身を最大の虚構だと自覚しているんだろう。で、自分が出ないなら実話だ、ならばもう役者ではなく本人が出ればいいのでは、と。


厳密に言うとヒア アフターは違うんだけど、スマトラ沖地震ロンドンのテロなど、実際に起きた出来事が感情を激しく揺さぶるキーになっている。また、「奇跡体験」的な切り口でいえば、『パリ行き』の方向性に最も近いのは『ヒア アフター』だ。
あの映画は震災直前に公開されたためタイミング的に本当不遇で、公開は早々に打ち切られ、一部の人には未だに正視し難い映像が続くのでご注意を。

 

ヒア アフター (字幕版)