『デトロイト』ではなく、『ゼロ・ダーク・サーティ』過去記事
2013年2月に書いたものです。
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公開日に観た『ゼロ・ダーク・サーティ』。
ウサマ・ビン・ラーディンの発見・殺害に執念を燃やしたCIA女性分析官を描いた物語だ。
監督のキャスリン・ビグローは、『ハート・ロッカー』に続きイスラム世界が舞台の映画を撮ったことになる。
映画は冒頭、真っ暗闇で助けを叫ぶ人々の、あまりにも生々しい肉声だけが響き渡る。
9.11で、アメリカは多くを失った。
罪なき多くの人々を失い、経済の象徴WTCを失い、超大国の威信を失った。
失ったものを取り戻すために、これ以上失わないために、すぐに色んなものが変わった。
アフガニスタンやイラクは戦場と化し、入国審査は厳しくなり、映画のテロリスト役はアラブ人が占めるようになった。
3.11を経験した日本人である自分も、天災とテロはまるで違うとはいえ、その前後で社会や人が大きく変わってしまう在り様(逆に、変わらない様)をよく知っている。
9.11は、世界中がそうなってしまった、世界史に深く刻まれる悲劇だ。
それが、一人の男、ウサマ・ビン・ラーディンによってもたらされたのである。
ビン・ラーディンが殺された時、溜飲が下がったと同時に、NYで歓喜するアメリカ人を見て、すっきりしない気持ちになったことを憶えてる。
確かにビン・ラーディンは、殺されるべき=死刑になるべき凶悪犯罪者だ。
しかも、ビン・ラーディンはテロリストにとってのアイコン的存在だったから、彼を拘束すれば、その奪還を目指したテロを誘発しかねない状況でもあった。
「殺さなければならなかった」というアメリカの理屈はある程度理解できる。
しかしながら(大量破壊兵器など無かったが)、あのフセインだって捕まって裁判を受けることができた。パキスタンの主権も堂々と侵している。
これでは法もクソも無い。
先日グアムで日本人を殺した若者も特殊部隊が殺してくれたらいいのにと思う。
要は、その前に観た『アウトロー』の「正義」が国家レベルまで通底しているのが、アメリカという国なのだ。
と、つらつら映画外のことを書いてしまったけど、この映画はそういったことを言いたくなるほど、ビン・ラーディン捜索と殺害を順を追って丁寧に描いている。
同時にヒストリー・チャンネルでやっていたドキュメンタリーを見たけど相違はほとんどなく、脚本のマーク・ボールがCIAや政府関係者に緻密な取材を行った結果が見事に反映されている。
ラストの突入シーンは映画として独立した緊張感みなぎるシークエンスになっていて、日本人丸出しの感想を言うならば、オウム真理教の麻原を捕えるために第6サティアンに突入した警察の視点とでも言うべきか。
だから、「これはアメリカのプロパガンダ」「この映画は一方的な視点からして描かれていない」とか本当どうでもいいことをしたり顔で抜かす人は出てくると思う。
『ブラックホーク・ダウン』公開時の反応で散々言ってきたことだけど、それは当たり前だ。
映画的な脚色がなされているのは、主人公マヤの造形だろう。
爆弾処理以外のことに自分の居場所を見つけられない男を描いた『ハート・ロッカー』に続き、『ゼロ・ダーク・サーティ』は、10年間ビン・ラーディンを探し出すことに没頭したCIA女性分析官を描いている。
パキスタンでプライベートも寝食も忘れ、アルカイダメンバーを当たり前のように拷問し、取り調べのテープを目を凝らしてチェックし、ビン・ラーディンの連絡員「アブ・アフマド」を探し続ける日々。
『ハート・ロッカー』ですらあった葛藤は映画で一切描かれないし、仕事の不平不満を言うことも無い。彼女は凄まじく「空洞」なのである。
敢えて言えば、「正義」や「報復」といったものがアメリカを突き動かしていたのならば、現場レベルのマヤを突き動かしていたのは、狂気じみた職業倫理だったのではないか。
だから、彼女が最後に見せた表情は狂気の終焉でもあり、新たな始まりでもある。
2017年気になったミュージック・ビデオ 番外編
2回に分けて振り返った2017年のミュージック・ビデオ。
今回は、「凄いミュージック・ビデオ」という観点では選に漏れたけど、漠然とテレビとかYouTubeとか見てて気に入った曲たちを。
前半ロック寄り、後半ポップ寄り。
HYUKOH - Leather Jacket
Liam Gallagher - Wall Of Glass
古びたアレンジだし、リアム老けたなあと思いつつ、相変わらずの堂々たるリアム節でついつい口ずさんでしまう。
The National - The System Only Dreams in Total Darkness
U2 - You’re The Best Thing About Me
4人が30年近くやってても相変わらず仲良さそうだし、アメリカを刺激し続けるのが清々しい。
米津玄師 - 灰色と青( +菅田将暉 )
米津玄師の歌がここまでアンセミックになったことにJ-POPの進化があると思う。
The Chainsmokers & Coldplay - Something Just Like This
チェインスモーカーズとコールドプレイ、と聞いた時、驚きより必然だと思った。
極上のトラックにただただ極上のメロディを乗せたい、そんな純粋なコラボ。
Khalid - Young Dumb & Broke
この曲、ヴァースがオアシスの「Songbird」にすごい似てると思うのは自分だけ?
ラナ・デル・レイがレディオヘッドに訴えられた曲のような問題は全く無いけど……。
Zedd, Alessia Cara - Stay
本人たちのMVよりリリック・ビデオのクオリティにびびる。
Kygo, Selena Gomez - It Ain't Me
moviestorage.hatenablog.com
マルーン5も夢オチのMVをSZAと。
Charlie Puth - Attention
Justin Timberlake - CAN'T STOP THE FEELING!
Demi Lovato - Sorry Not Sorry
Clean Bandit - Symphony feat. Zara Larsson
番外編の番外編として、個人的に飛ばせない「ミュージック・ビデオ」だったのが、Netflixの傑作ドラマ『ナルコス』のオープニングテーマ「Tuyo」。
90秒で作品の世界観を決定付けてしまった名曲だ。
コロンビアが舞台ということでラテンナンバーだが、ギターのフレーズが哀愁があるというよりかは背徳感に溢れ、今で言うと「Depacito」的な陽気なラテンのイメージを改めるきっかけになった。
この秀逸なテーマと当時のコロンビアのニュース映像やパブロ・エスコバル本人を時折インサートさせることで、電車で見ても一気に作品の世界に入ることができた。
- アーティスト: ゼッド,ウィリアム・グリガーシン,ジャスティン・ビーバー,アンドリュー・ワット,アリ・タンポジ,ルイス・ベル,オースティン・ローサー,ルミディー・セデーノ
- 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック
- 発売日: 2017/12/27
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2017年気になった凄いミュージック・ビデオ その2
2017年、気になったミュージック・ビデオの続き。
アメリカのヒットチャートを席巻したラップ、R&Bなどをまとめてみました。
6.Kendrick Lamar - DNA.
2017年を代表する傑作『DAMN.』から、今のところ5曲のMVが作られていて、そのどれもが素晴らしい出来だった。
ドン・チードルがケンドリック・ラマーを嘘発見器にかけ取り調べようとしたら、操られるようにラップを始め、「カンフーケニー」を解放するまでの前半部。
そして車で暴走する5人の女性に、路上でたむろするケニーの仲間たち、モノクロでカメラにまくしたてるケニー、そして意味深なカットがインサートされるというトリッキーな後半部に分かれ、終始異様なテンション。誰かディテールを教えてほしい。
7.JAY-Z - 4:44
JAY-Zのビヨンセへのパーソナルな謝罪がメインの曲のはずなんだけど、レイシズムに関わるニュース映像やインタビュー等が始終インサートされ、政治的なメッセージも前面に出ているアルバムのタイトル曲。とっ散らかっているが、それこそがパーソナル、ということか。終盤JAY-Zとビヨンセが仲睦まじくオンステージしている映像がすごく良い。
8.Eminem - Walk On Water featuring Beyoncé
エミネムが2017年の最後に投下した、女性ヴォーカルのフィーチャリングとしては「STAN」以来の大名曲(「俺は「STAN」を書いたんだぞ」とエミネム自身も凄むが)。
「自分は神じゃないから水の上なんて歩けない」とはじめ、延々と等身大のエミネムの心情が吐露される。
ビヨンセの、エミネムを慰めるような、または聴く者を諭すようなパワフルで、そしてやさしいヴォーカルが泣ける。最後、エミネムが氷の上を歩き、神と思われる「何か」の像にかぶさっていた布を取る。そこにあったのは、やはり自分自身の像だったんだろうか。
9.Calvin Harris - Feels ft. Pharrell Williams, Katy Perry, Big Sean
10.SZA - The Weekend
2017年話題をさらった新人といえばSZA(シザ)。
SF感のあるコンクリートの建物や立体駐車場でSZAが踊るところを、ひたすら引き気味で撮ったこの曲のMVは特に才気走っててやばい。
反復も効果的に使われていて、それがズームイン・アウトとも噛み合ってて上質なムードを漂わせている。まさに取り上げるべき一曲。
日本で近いMVはゲスの極み乙女。の最新曲「戦ってしまうよ」か。
2017年気になった凄いミュージック・ビデオ その1
もう2月だというのに2017年の振り返りをしてみるシリーズ。
まずは、曲自体も好きだけど、それ以上にMVが気になった曲の振り返りです。
1. MONDO GROSSO - ラビリンス
香港・満島ひかり・長回し風。最高のロケーション、最高の素材、最高の撮影。
2. never young beach - お別れの歌
POVでかわいい恋人をひたすら映すMVが邦楽アーティストの中で流行ってるけど、小松菜奈のかわいさは別格。
最近だとマイヘア「いつか結婚しても」とかもそう。ちょっと前だとmol-74「エイプリル」とかも。名曲率高し。スマホでみんな切なくなったり、にやにやしてたりしたいんだろうな。
3. Bruno Mars - That’s What I Like
グラミー受賞も文句なし。マイケルばりの艶に何度も見てしまったMV。
4. Harry Styles - Sign of the Times
ヒットチャートの中で、そのクラシカルなアンセムぶりにどこか安心した名曲。
そのスケール感と浮遊感を体現した素晴らしいMV。
5. あいみょん - 君はロックを聴かない
意外にもブレイクしていないあいみょん。ちょっとクセがあるのかな。
この曲はマイラバ「Hello Again」ばりに懐かしくて王道感あるけど。
先日『関ジャム』で取り上げられていた吉澤嘉代子「残ってる」も良い曲だし良いMVだった。
彼氏の家からの朝帰りを長回しで撮っただけのMVだけど、夜明けの情景は素晴らしく、曲の世界観を忠実に捉えた仕上がり。
リアルタイムで知ってたら候補だったかも。
やってると長くなりそうなので今回はこれまで。
- アーティスト: never young beach
- 出版社/メーカー: Roman Label / BAYON PRODUCTION
- 発売日: 2016/06/08
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貴乃花は、ただ貴乃花なだけなのか
かち上げ&張り手を事実上封じられた白鵬、未だケガからの復帰が遠いというか事実上の引退がちらつく稀勢の里の両横綱が休場し、一人横綱となった鶴竜も圧巻の連勝街道が一転4連敗、気付けば平幕・栃ノ心が優勝をかっさらうという波乱の展開となった大相撲初場所。
満員御礼となった土俵の外では、行事・式守伊之助のセクハラ、大砂嵐の無免許運転、栃ノ心も所属する春日野部屋の何年も前の暴力事件が取り沙汰されるなど、未だ相撲人気に水を差す事件が相次いでいる。能町みね子の言葉を借りるならば、「リーク合戦」の様相をも呈している。
理事選が近づく中、いったん落ち着いたかにみえた貴乃花の身辺が再び騒がしくなった。貴乃花が解任されたばかりの理事選に再び立候補できるか瀬戸際らしいのだ。
貴乃花は、貴ノ岩の暴行事件を発端とする一連の騒動を大きくした張本人である。
もちろん暴力を振るった日馬富士が悪いんだけど、貴乃花がマスコミはおろか、協会にすら一切を語らなかったことで、皆、日馬富士や貴ノ岩のことはとうに忘れ、貴乃花と協会、その先にいる白鵬との対立関係ばかりがクローズアップされることになった。
そして、そんな貴乃花の行動に何を見出すかで、世論は二分されることになる。
「暴行事件が起きたら警察が捜査するのは当たり前」
「貴乃花はこうと決めたらとことん貫く頑固な人」
「貴乃花が協会に報告しなかったのは当然だ。貴乃花は協会の闇、そしてモンゴル互助会の欺瞞を暴こうとしている」
「協会の理事であり巡業部長でありながら、協会に報告しないあの態度は何なの?」
「顔つきもヤバいし、マフラーちゃんと巻けよ。ヤクザみたいやん」
「伊勢ヶ濱もヤクザみたいだけど、ちゃんと謝ろうとしたのに無視って……」
社会人の端くれとしていえば、貴乃花はいい歳になっても闘い方をわきまえていない。彼の言う「品格」が何を指すかは分からないが、到底大人な振舞いとは言えないだろう。
周りがフォローして、忖度して、なぜにこんなに胸中を探らなあかんのだと、ちゃんとしている人ほど思ってしまいがちである。
ただ、長年のウォッチャーからすると、これが貴乃花なのである。
世の中に、これほどまでに空気を読まないことで人を惹きつけ、人に嫌われる男も珍しい。被害者の親方だったんだから、普通にやればほとんどの国民が味方についたのに、そんなことすら眼中に無いのだ。強いて言えば、長嶋一茂なんかはよく似てる。
かつて、理事選に立候補するために二所ノ関一門を抜けた時には、そこに分かりやすい信念があったから、多少乱暴な動きがあっても安心できた。洗脳騒動→兄弟母子の確執の時も、「花田勝氏」「勝は私の軍門に下った」などの不器用極まりない名言に、在りし日の若貴は戻ってこないのだなという寂しさを超えたおかしみがあった。
一方、今回は引き際も見えず、ひたすら泥仕合が続いているように映る。
その先にある意図を語ってもいいと思うのだが、それも一切示すことなく、忘年会かなんかでは「捨てるなよ 戦いを 男なら 最後に勝つ者になろうじゃないか~」と裕次郎を歌い上げてみせる意味深ぶり。
自ら語ることなく、周囲から立った煙で協会や白鵬を追い詰める、というアプローチなんだろうか。だとしても自らにも刃が当たり過ぎである。
むしろ心配になるのは、これも能町みね子のツイートで知ったのだが、貴乃花部屋が長らく新興宗教団体の支援を受けているという事実である。
大阪場所ではこの団体が宿舎も提供し、千秋楽パーティーもこの団体が主催している……。
言われてみればそうだが、そもそも貴ノ岩は事件以降姿をくらましており、この新興宗教団体が匿っているのでは、という説すらある。
この宗教団体のホームページを見ると、この団体の思想のヤバさと、貴乃花部屋とのただならぬ関係が一発で分かる。
ただのタニマチだったらいいのだが、貴乃花の一連の行動が、洗脳に基づくものだったとしたら……それもまた貴乃花。
もう、どこまでいっても、いくつになっても放っておけない男だ。